yumekyuusaku’s diary

21歳児。無職。だるい。交差点の真ん中でとんぼ返りができたらいいなと思っている。

はじめまして

はじめましてyumekyuusaku と申します。

ニート歴6カ月。

生きるのがしんどい。

あつい。 

3月に大学を中退し、ふらふらしてる21歳。

学校に馴染めず自分がしたいことも分からない。 

そもそも自分がしたいことなんて無いし見つかることもないと思ってる。

でも、実際には理由がないと世の中生きていけないみたいになってる。

 就職のときにも理由が必要だし、理由がないと組織にも参加できない。

理由、理由、目的、やりがい。

世の中どこにも逃げ場がなくなって地獄みたいになってる。

どこにも見つかることのない目的を求めて永遠に走らされているように感じている。

目的はないけど目的がないと人間は生きていけない。

なんか矛盾してる。

自分でもまだうまく書けません。

実際の社会では何としてでも他人を出し抜こう、いかにして他人に差をつけようかとみんなあくせくしている。

いかにして多くの金を稼ぐか、いかにして他人に尊敬されるような高い社会的地位つこうか、必死になっている。

ニートでは生きていけないからみんな必死になって正社員やいい待遇の会社に入ろうとする。

でも本当にしたいという理由がないといい会社には入れない、その資格がないことを突きつけられる。

他人と比べたときの相対的な評価でしか自分を価値づけられないのに、絶対的な理由や目的を突きつけられてある矛盾。

恒に理由を求めることを強いられてある構造。

おそらく共産主義国家のほうが人間は幸福だったのかもしれない。

そこでは人たちはどんなに仕事がキツくても、自分はいやいやこの作業をやっているんだというポーズがとれた。

ところが日本では逆にどんなに仕事がキツくても、これは自分が望んだことなんだ、自分から望んでこの仕事をしているんだと言うことを強いられている。

どこにも逃げ場がない。 

自由である代わりに、自由であることを強いられている。 

決められた天井の下で自由であることを演じなければならない。

壊れたテープレコーダーみたいに同じこと繰り返し言っている、自分のしたいことをしているんだ、だってこれが自分のしたいことのはずだから、と。

人間とは壊れたテープレコーダーだ。

疲れた。 

しんどい。

まだうまく書けません。 

いまはここまでで。

理由なくただ生きているだけ。